2019.01.22

神と香りを巡る物語(3)ローズの誘惑!香りの女王クレオパトラ美の秘密

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アロマテラピーが始まったといわれるのは、なんと、ネアンデルタール人が生きた4万年以上も前のこと。

彼らは死者を埋葬する際に花を手向け、その死を弔ったといわれています。

その後、紀元前3,000年以上前の古代エジプトで、神に捧げる香りとして、大切に使われてきたのが乳香や没薬などの香料でした。

1回目は古代の宗教儀式に欠かせなかった乳香と没薬について。

2回目は旧約聖書と新約聖書に登場する香りをめぐる物語について。

3回目の最終回は香り使いの名人、クレオパトラ美の秘密についてご紹介します。

マケドニア王国につながる、クレオパトラの血筋

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楊貴妃、小野小町とともに、世界三大美女の1人といわれるクレオパトラ。どの美女もそれぞれ香りを愛したといわれています。

中でもクレオパトラは、香り使いの名人ともいわれました。

彼女が統治していたエジプト・プトレマイオス王朝の首「アレキサンドリア」は、香料の一大集散地として有名。

プトレマイオス王朝は、マケドニアの王であるアレキサンダー大王の部下である、プトレマイオスがエジプトで開いたヘレニズム国家の一つ(紀元前306年~30年頃)です。

そして、クレオパトラへとつながるアレキサンダー大王は大の乳香好きで知られている人物です。

まずはアレキサンダー大王のエピソードをご紹介していきましょう。

乳香が欲しいために東方遠征を成功させた?マケドニアの王

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時代は紀元前300年代。

ギリシヤ北方の大国マケドニア(古代ギリシヤ人が建てた国で、現在のマケドニアである旧ユーゴスラビア共和国とは民族的に異なる国)の王、アレクサンドロス三世(アレクサンダー大王)は、父の急死で若くして即位しました。

彼は大変な乳香(フランキンセンス)好きで、少年時代は「神のため」といいつつ、この貴重な香料をふんだんに焚いていたそうです。

思うがままに乳香を焚くアレクサンドロスに対し、家庭教師であるアリストテレス(ギリシヤの哲学者)から、香料が多くとれるシバの国でも征服してからにするようたしなめます。

そこで彼は王位に就くと、シリアやエジプト、ペルシャを含めた東方遠征を行い、東西に及ぶ大帝国を築き上げました。

エジプトに近いガザの町で乳香を大量に入手した際には、師であるアリストテレスに送り届けたそうです。かつての師のことばへ応えた、という彼なりのアピールだったのでしょう。

アレクサンドロスの東方遠征により、ギリシヤ文明とオリエント文明が融合し、新たなヘレニズム文明が生まれました。

クレオパトラもその「香料好き」のDNAを受け継いだことでしょう。

マケドニアからプトレマイオス王朝、そしてクレオパトラへ

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アレクサンドロス三世が亡くなった後、彼の部下であるプトレマイオス(マケドニア人)が創始したプトレマイオス朝。

古代エジプトのヘレニズム国家の一つで(紀元前306年~30年頃)、ギリシヤ系の王朝です。

首都であるアレクサンドリアは大変繁栄。王家の庇護を受け、たくさんの書物が所蔵されたアレクサンドリア図書館がつくられました。

この図書館には優れた学者たちが集まり、知恵と英知を磨いたといわれています。

プトレマイオス王朝最後の女王といわれるのが、クレオパトラ7世(紀元前69~30年頃)です。

首都アレキサンドリアを中心に香料の一大集散地として栄えたエジプト、クレオパトラは、まさにほしいままにさまざまな香料を使っていたといいます。

弟に王座を追われたクレオパトラ、カエサルの後ろ盾で復権

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クレオパトラは正式にはクレオパトラ7世です。実はアレキサンダー大王の妹の名前もクレオパトラ。当時のエジプトは、ギリシヤ(マケドニア)人により支配されていました。

マケドニア人の純潔を守るため、クレオパトラは弟のプトレマイオス13世と近親結婚。姉弟で国を統治してきましたが、プトレマイオス13世の後見人らの陰謀にあい、クレオパトラは王座を追われてしまいます。

その後シリアに亡命し、砂漠での野営生活を余儀なくされたといいます。

再び王朝に復帰するため、クレオパトラが頼ったのが軍人であり、古代ローマ帝国の基礎を築いたカエサル(シーザー)でした。

カエサルをメロメロにしたクレオパトラの策略

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弟プトレマイオス13世の目を盗み、カエサルに近づくため、クレオパトラは一計を案じます。

献上品である絨毯の中に隠れ、カエサルの元へ家来に運ばせました。あの映画「クレオパトラ」の有名なシーンを見たことがある方も多いのでは?

実際は絨毯ではなく、寝具袋だったようです。

カエサルはそのクレオパトラの美しさと得も言われぬ素晴らしい香り、そして、大胆な奇計に感嘆。たちどころに女王に魅せられ、庇護者となったそうです。

一説によるとクレオパトラは絶世の美女というわけではないといわれています。

しかし、教養があり、何か国語も流ちょうに話し、甘美な声と素晴らしい香りを身にまとい、話し上手だったとか。

カエサルもそんなクレオパトラの虜になった1人ということですね。

クレオパトラが愛した香りとは?

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当時のエジプトにはオリエント、ローマ、アラビアを結ぶ貿易が盛んに行われていました。

クレオパトラは、バラの他に麝香(じゃこう)、シベット(ジャコウネコ)、アンバーグリスク(龍涎香=マッコウクジラの結石)などの動物系香料をふんだんに使用したオリジナル香水を愛用していたそうです。

毎日のようにバラの香水風呂に入り、寝室にもバラの花を敷き詰めて眠ったというエピソードも。

そして、彼女は自分が乗る船の帆には丁子(クローブ)の香を付けていました。

丁子はインドネシアのモルッカ諸島(現:マルク諸島)原産の香辛料で、ここでしか採れなかったため、大変貴重なものでした。

この香りのおかげで、船影が見えないうちからクレオパトラの帰港がわかったといわれています。

カエサルの死後は、その部下のアントニウスを誘惑

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皇帝になろうとしたカエサルを、共和制を維持したい一派が暗殺。カエサルとの間にできた男の子、カエサリオンを抱え、クレオパトラは再び窮地に立たされます。

亡くなったカエサルの後継者争いで、プトレマイオス王朝と手を結ぶ必要があったアントニウスは、クレオパトラにたびたび接触。

ついに会うことになった2人の有名な場面があります。

アントニウスの領地であるタルコス(現在のトルコ)へ船で向かったクレオパトラ。

黄金で飾られた船尾、緋色の帆が張られた船からは、なんともふくよかで陶然とするような香りが漂っていたそうです。

この時の情景が描かれているのがクロード・ロラン「タルスに上陸するクレオパトラのいる風景(1643年)」。

クレオパトラは、床一面に足首が埋まるほどのバラの花を敷き詰めた部屋でアントニウスを迎えました。

噂以上に魅力的で、流ちょうに美しい声でローマの言葉で話す女王にたちまち魅了され、陥落するアントニウス。2人の間には双子が誕生しました。

クレオパトラの化粧品代は1回20万!?

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当時のお化粧は、色のついた鉱物や染料を使ったものです。

中でも赤は神聖な色として貴ばれていました。唇は朱で染め代赭石(たいしゃせき=軟質の赤鉄鉱)で頬を刷き、指先は指甲花(しこうか=ヘナなどの草花)の染料で彩っていたとか。

古代エジプトでは、男子の気を引くには、目の美しさと信じられており、目の化粧が重視されていました。

エジプト・ファラオの黄金マスクや壁画などに描かれている姿をみると、目元をくっきりと縁取るアイライナーが特徴的。

コール墨と呼ばれ、硫化アンモチン・マンガンを原料に、アーモンドの果皮や樹皮、乳香を焼いて粉にしたものを練って使ったといわれています。

クレオパトラが1回の化粧、香料で使ったといわれている金額は400デナリ。古代のローマ銀貨で20万円に相当する金額だったそうです。

当時は大変貴重だった乳香をパック剤として使い、美肌を保っていたとも伝わるクレオパトラ。

その美の秘密は惜しげもなく使った香料にあったのかもしれません。

クレオパトラの死とプトレマイオス王朝の滅亡

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その知恵と美貌でアントニウスを陥落したクレオパトラ。アントニウスはローマを顧みず、エジプトに滞在し続けました。

2人は暴飲暴食の贅沢三昧の日々を過ごしたと伝わっています。

アントニウスとカエサルの後継者争いをしたオクタウィアヌス(カエサルの養子、のちのローマ帝国初代皇帝であるアウグストゥス)は、この機に乗じてクレオパトラ追討軍を派遣。

ギリシヤ西海岸で戦いますが、アントニウス・クレオパトラ連合軍は敗退。アントニウスは自殺しました。

その後、クレオパトラはオクタウィアヌスに屈することを拒んで自殺。ここでプトレマイオス朝はローマによって滅ぼされ、オクタウィアヌスは初代皇帝の座についたのでした。

香料好きの古代ギリシヤ人の血を引くクレオパトラ

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クレオパトラが香り使いの名人であったことの背景には、古代ギリシヤ人の香料好きと繋がっているのかもしれません。

古代ギリシヤには、技術力の高い香料職人がたくさんいたことで知られています。

ギリシヤ神話では美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)の使いであるイオーネの軽はずみで、人間が香料というものを知ってしまったという伝説が残っているとか。

ギリシヤ人にとっての香りは、神が生んだものだったわけです。

人類とともに生まれ、神につながる香り

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4万年前に生まれたとされる人類と香りとの関係。それは、神が創り出したもので、神とつながる大切なものでした。

その後、美しさを演出するために必需品となり、宗教儀式や王族、貴族だけではなく、庶民へと広がっていくのです。

いまでは誰もが気軽に楽しめるものとして、香りは私たちの身近にあります。

当時の人々も嗅いだ乳香や没薬を焚いて、はるか昔のエジプトやギリシヤへと思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

クレオパトラのようにバラ風呂に入り、優雅な時間を楽しんでもいいですね。