2019.01.15

神と香りを巡る物語(1)乳香(フランキンセンス)と没薬(ミルラ)について

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香りの歴史は人類の歴史と同じぐらいに長く続いてきたといわれています。

最も古いアロマテラピーに近い行為を行っていたのはネアンデルタール人。

彼らが死者を埋葬するときに、お墓の周りを花で飾った痕跡や、香木を焚いて宗教的な儀式を行った遺跡も見つかったといいます。

今回から3回に渡り、アロマテラピーの源流を古代までさかのぼり、私たち人類が大切にしてきた香りについて紹介していきたいと思います。

1回目は古代の宗教儀式として欠かせなかった乳香と没薬について。2回目は旧約聖書と新約聖書の中で描かれている香りの話。3回目は香り使いの名人クレオパトラ美の秘密に迫ります。

アロマテラピーの源流を訪ねて、ネアンデルタール人の物語

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人類は約700年前にアフリカで誕生したといわれています。

その後、およそ25種類に枝分かれをしながら進化し、最終的にはホモ・サピエンスである私たちが生き延びました。

中でもネアンデルタール人は私たちに最も近い人類の仲間といわれています。

ユーラシア大陸で独自の進化を遂げ、屈強なハンターとして君臨。白っぽい肌の色、金髪や赤毛、青い目など現在の白人に近い特徴を持っていました。

反対にホモ・サピエンスは力が弱く、木登りが下手でした。一人では生き延びることができなかったゆえに、仲間とのコミュニケーションや連携で狩りをし、道具を工夫しました。このことが滅亡を逃れ、現代まで生き延びることができた要因だともいわれています。

ネアンデルタール人は絶滅してしまいましたが、ホモ・サピエンスと混血し、その遺伝子は受け継がれているといいます。中でも、私たち日本人が最も多くその遺伝子を持っているそうですよ。

4万年前に絶滅したといわれているネアンデルタール人のお墓が、北イラク・シャダニールで発見されています。

遺骨の周りに花粉がたくさんのこされていたそうです。

ホモ・サピエンスとの交流で、こうした香りへの関心や死者を悼む気持ちも、私たち人類へと受け継がれていったのかもしれませんね。

薫香として神に捧げられてきた香り

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香料=Perfumeということばは、「Per=通して」・「Fume=煙」を意味するラテン語が語源。

古代では香りを持つ木や樹脂を燃やし、発生させた「芳しい香りの煙」を神に捧げ、祈りってきました。

そうすることで神に喜びを与え、神が願いを聞き届けてくれると考えたのでしょう。

古代エジプトでは薫香は最も重要な儀式で、遺跡の壁画には太陽神に香炉を片手に祈るファラオの姿などが描かれています。

太陽神ラーに捧げられた乳香と没薬

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古代エジプトのレリーフやヒエログラフ(古代エジプト文字)を見ると、当時の神殿を満たしていた香りは主に乳香と没薬であったことがわかるといいます。

第18王朝のハトシュプスト女王が、デル・エルバハリ神殿で神の啓示を受け、神の国・香料の国といわれるプント(今のソマリランドの一地方という説あり)へ船を派遣し、没薬や乳香、その樹木などを持ち帰ったそうです。

そのプント遠征についての記録はレリーフに刻まれ、神殿の壁に飾られています。

彫刻に書かれている言葉は、

「地上の王座を統べる大神アモンの捧げものとして、プントの地より数々の貴重な品とともに、緑濃く茂った31本の香樹がもたらされた」。

香料が採れる樹木は、宝石と同じぐらい貴ばれたことでしょう。

ツタンカーメン王の墓から見つかった3,000年前の香り

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第18王朝時代の王であるツタンカーメンの墓室から見つかった香膏(軟膏)壺。

その中には、黄色の粒を含むチョコレート色のペーストが詰まっていたといいます。

3,000年を過ぎてもなお、ほのかな香りを漂わせていたその正体は乳香を練りこんだ動物性の油だったそうです。

入れ物が方解石(石灰岩や大理石や鍾乳石を構成している鉱物)でできており、完全密封状態で保たれていたのが幸いしました。

古代エジプト時代によく使われた香膏が当時のまま残され、かぐことができる唯一の発見です。

ツタンカーメンの黄金の王座背もたれ部分には、太陽神アテンの光が降り注ぐ中、王に香油を塗る妻、アンケセーナメン妃の姿が描かれているそうです。

乳香(フランキンセンス)とはどんな香り?その名の意味は?

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乳香とは、英語でFrankincense=フランキンセンス。

「Francus=自由独立の、良質の」を表す中世ラテン語と、「Incensium=神に捧げる薫香」
という意味の古典ラテン語の造語で、「本当の薫香」という意味を表しています。

日本でもお香のことをインセンス(Incense)といいますね。

また「Olibaum=オリバナム」と呼ぶこともあり、こちらは「レバノン産の油」を意味します。

日本で「乳香」と呼ぶのは、木の幹を傷つけると現れる乳白色の樹脂が表れることから。

その「白い真珠」のような粒が固まったところを採取し、貯蔵庫で乾燥してから香りを蒸留します。

まるでレモンのような爽やかさとスパイシーなトーン。濃厚でありながら、気持ちをすっきりと浄化してくれる不思議な香りです。

オマーンにある乳香の谷

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乳香(フランキンセンス)の学名(動植物につける世界共通の名称でラテン語もしくはギリシャ語で表記)は、Boswellia carterii(ボズウェリア・カルテリ)。

Boswelliaはスコットランド人のJ.ボズウェル(弁護士・伝記作家)から採られています。

Carterliiの由来については、はっきりしたことがわかっていません。

乳香の最も高品質な産地は、オマーンといわれ、首都マスカットから南西へ1時間半ほど離れたサラーラという都市にある「乳香の谷」と呼ばれる場所が有名です。

このサラーラには、乳香やシバの女王にまつわる遺跡や博物館があり、世界遺産にも登録されています。

乳香はカンラン科の常緑高木で、岩がゴロゴロするような荒涼とした大地で生育。白やピンクの花を咲かせます。

灼熱の太陽、乾いた大地、重炭酸カルシウムの土壌、涼しい風。乳香にとってこの場所は、最適の生育環境を備えています。

この他にもソマリアやエチオピアなどでも取れますが、政情不安定な場所柄、なかなか一般の人は近づけないのが残念なところです

「砂漠の真珠」ともいわれる乳香

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乳香の木を傷つけるとでてくる白いミルク色の小玉は、通年で収穫されますが、3月下旬から7月にかけて採取されたものが高品質といわれています。

1本の木からは年に10㎏ほどの収穫可能。

野生の乳香が生育する一帯は世界遺産となっており、勝手に立ち入ることはできませんが、ベドウィンと呼ばれる砂漠の民は別です。

彼らは先祖代々この木とともに暮らしてきており、暮らしを支える貴重な収入源になっています。

かつてはラクダにのり、遊牧生活を送ってきたというベドウィン。現在は政府の政策によりこの地に定住し、貴重な乳香の木を大切に守り続けています。

没薬(ミルラ)とはどんな香り?その名の意味は?

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神に捧げられてきたもう一つの香り、没薬は、ソマリアやエチオピア、北インドなど、乾燥した土地で育つカンラン科の低木です。

没薬とは、英語で「Myrrh=ミルラ」。

没薬樹と呼ばれる80種類ぐらいある木のうち、「Commiphora myrrha(コンミフォラ・ミルラ)」という学名を持つものから樹脂を採取します。

ウッディ&バルサム調の香りでスモーキーなトーンがあるミルラ。うがい薬のような苦みも感じます。

海外では歯磨きの香りづけなどにもよく利用されていますよ。

没薬はアラビア語で「苦い」を意味する名前

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没薬(ミルラ)の学名「Commiphora」は、ギリシャ語の「commi=英語のgum(樹脂、粘質ガム)」と「phora=もたらす」の合成語です。

「Myrrha」は、ギリシャ語の「Myraa=ミュラ(樹脂、ゴム)でもあり、アラビア語の「Murr=苦み」を語源とすることばです。

中近東地域で採取される没薬。小さな白い花を咲かせ、灰色の幹の樹皮についた亀裂から自然に黄色い樹脂がにじみでてきます。空気に触れると半透明の赤褐色の粒になり、ここから精油を採取するのです。

山羊はこの木の葉っぱが好きで、あご髭によく没薬の樹脂をくっつけているそうです。

古代から幅広く活用されてきた没薬

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古代エジプト人は没薬を「プント、ファン」と呼び、宗教儀式はもちろん、傷を癒す軟膏などにも使っていたようです。

また弔いのハーブとしても大切にされており、ミイラづくりに使われてきました。ミルラは、ミイラの語源といわれているのはそのためです。

古代ヘブライ人はワインとともに飲み、ギリシャの兵士は戦争の傷を癒すために使い、生まれたばかりのキリストはその誕生を祝い、捧げものとして乳香・黄金とともに贈られました。

乳香も没薬も聖なる香りとして、大切にされ続けてきた香料なのです。

乳香や没薬とともに神殿で焚かれた「キフィ」

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幻の香料といわれているキフィ(Kyphi)は、「聖なる煙」を意味するKapet(薫蒸)がギリシャ語化されたものだといいます。

古代エジプトの神殿では、日の出に乳香、正午に没薬、日没には「キフィ」と1日3回異なる香りを焚き、太陽神ラーへ祈りを捧げていたようです。

目的は、神々のところに薫香とともに死者が昇り、受け入れてもらうため。

「キフィ」は約16種類ぐらいの香りをブレンドしたもので、寝つきをよくし、寝室に邪気が入らないようにと処方されたといいます。

処方は歴代の王により異なっており、ショウブやレモングラス、シナモン、ハッカなどの香草の他、干しブドウ、はちみつなどを使っていたようです。

エジプト式の香水「香膏(こうこう)」

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古代のエジプト人たちが好んだ香料の楽しみ方の一つは、「香膏」と呼ばれる使い方です。

香膏とは、香気を含ませた油脂状のもの。頭の上に円錐形の帽子のようなものをかぶり、その中に香膏を入れます。

こうすると、体温で温められてゆっくりと香膏が溶けていき、頭と体を香りで包むのです。

太陽から肌の乾燥を守る目的もあったといいます。

壁画などにも描かれているので、目にしたことがある人もいるかもしれませんね。

現代でも大切にされている乳香と没薬の香り

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日本ではあまりなじみのない香りですが、海外では今でも宗教儀式として使われています。

仏教でいえばお線香のようなものです。

神と結びつく香りは心を安らかにし、守られているという安心感を与えてくれます。

落ち込んだときや悩んでいるとき。乳香や没薬はやさしく手を差し伸べてくれます。

乳香は柑橘系や樹木系、フローラル系とどんな香りとも合わせやすく、さわやかなブレンドを楽しみたいときにおすすめ。

没薬は乳香や安息香など、他の樹脂と相性がよく、スパイスやラベンダーなどとブレンドしてもいいでしょう。

古代のロマンに思いをはせながら、楽しんでみてはいかがでしょうか。

次回は旧約聖書と新約聖書の中で描かれている、香りのエピソードについてご紹介します。